大判例

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大分地方裁判所 平成7年(ワ)494号 判決 1996年12月25日

原告

平井康二

ほか一名

被告

仲摩一美

主文

一  被告は、原告平井康二に対し、金二六三万三二四〇円及び内金二三三万三二四〇円に対する平成五年五月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告平井康二のその余の請求及び原告有限会社平井工業の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用中、原告平井康二と被告との間に生じたものは、一〇分の四を被告の負担とし、その余は同原告の負担とし、原告有限会社平井工業と被告との間に生じたものは、同原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告平井康二(以下「原告平井」という。)に対し、金六四三万八七四〇円及び内金五七三万八七四〇円に対する平成五年五月四日(不法行為の日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

被告は、原告有限会社平井工業(以下「原告会社」という。)に対し、金四五六万二五〇〇円及び内金四一六万二五〇〇円に対する平成七年八月二三日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  いずれも、不法行為(民法七〇九条)に基づき、被告に対し、原告平井が、自身による交通事故による休業損害等の損害賠償を、原告会社が、代表者である原告平井と会社が経済的に一体の関係にあるとして、工事の受注を受けられなかつた逸失利益について損害賠償を請求している事案である。

二  争いのない事実

1  事故の発生(以下「本件事故」という。)

(一) 日時 平成五年五月四日午前九時五五分ころ

(二) 場所 大分市生石港町一丁目二番一三号下川明生方先路上

(三) 事故の態様 被告運転の普通乗用自動車が、原告平井運転の普通乗用自動車の後方に追突した。

2  被告は、前方注視義務を怠り、漫然と自動車を運転した過失により本件事故を起こしたもので、民法七〇九条による不法行為責任がある。

3  原告平井は、本件事故により頸部捻挫の傷害を負つた。

4  原告平井は、平成五年一二月二四日、保険会社から六九万三六六〇円を受領した。

三  争点

被告は、原告平井の損害額を争うほか、原告会社の損害は、本件事故と相当因果関係がないと主張する(具体的な主張及び反論は後記のとおり。)。

第三争点に対する判断

一  (原告平井の診療の経過等)

前記争いのない事実及び証拠(甲二ないし五、一一の1ないし22、原告平井)によれば、

1  本件事故(平成五年五月四日)直後、原告平井は、吐き気を覚え、頸部痛を訴え大分中村病院を受診したが、頸椎のX線写真では明らかな異常は特に認められず(甲一一の7)、頸部を固定して自宅に戻つたこと、

2  帰宅後、吐き気を催したが、祭日であつたため、五月六日、頭痛、頸部痛、左右肩関節痛、呼吸困難、左右上肢のしびれ感、胸部圧迫感等を訴え医療法人エトー外科医院を受診し、頸部捻挫、左右肩関節、胸部挫傷、頭部外傷の診断を受け、六月四日まで治療のため入院し、薬物療法の他牽引等の理学療法を受け、六月三〇日まで頸部の固定具を使用したこと、

3  右退院の前日である、六月三日には、エトー外科医院の紹介で大分整形外科病院を受診し、外傷性頸部症候群との診断を受けたこと、その際、神経学的には異常所見はなく、X線検査上、項中隔石灰化症が、MRI検査上、加齢現象によると思われる軽度の頸椎変性がそれぞれ認められたが、脊髄の圧迫所見はなかつたこと(甲一一の4)、

4  いつたんエトー外科医院を退院したものの、嘔気及び頭痛がひどく安静と経過観察のため七月三日から六日まで再度入院し、さらに七月二七日から三〇日まで入院し、一回目の退院の翌日から一〇月二七日までの間、右医院に通院したこと(通院実日数三七日)、

また、この間、一方で、八月一八日から九月六日まで熊本県にある別の病院に通院し(甲五)、一〇月一五日から一一月二日まで別府市にある施療院に通院(七日、甲四)したこと、

5  その後も、時々、エトー外科医院へ通院し、翌年の二月一六日、症状固定の診断を受け、この時点でも、頭痛、頭重感、頸部の痛み、つつぱり、左右下肢の脱力、睡眠障害等を訴えていたこと(甲一一の20)、

6  エトー外科医院の衞藤医師は、原告平井は、平成五年の九月一杯は就業ができなかつたという意見を有していること(甲一一の19)、

が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

二  (原告平井の損害)

以上の事実等に基づいて、原告平井の損害について検討する。

1  入院雑費〔同原告主張四万四四〇〇円〕

入院雑費は、一日当たり、一二〇〇円というべきところ、原告平井は、計三七日間入院したものであるから、原告主張のとおり認める。

2  通院交通費〔同原告主張一万二五〇〇円〕

これは当事者間に争いない。

3  マッサージ器械購入費〔同原告主張二七万円〕

原告平井の供述及び弁論の全趣旨によれば、同人は、前記施療院の勧めにより右器械を約三〇万円で購入したことが認められるところ、医師の指示によるものではないとしても、右器械が原告平井の症状の改善に一定の効果があつたことが窺えるから、これを損害と認める。

4  休業損害〔同原告主張三〇〇万円〕

(一) 同原告は、事故前一か月五〇万円の役員報酬を受けていたところ、六か月間、事故のため就業できなつたため役員報酬を受給できず、三〇〇万円の休業による損害を被つたと主張し、これに対し、被告は、五〇万円の役員報酬のうち、労働の対価部分は八割であり、原告の症状には加齢現象によるものがあるから、休業期間としては二か月が相当であるとして休業損害として認められるのは八〇万円にすぎないと反論している。

(二) そこで、検討するに、証拠(乙四、証人平井幸枝)及び弁論の全趣旨によれば、原告平井は、事故前一年間の役員報酬として月額五〇万円(年間六〇〇万円)を受給していたこと、事故により就業できなかつたことから五月から半年間、この報酬を受けることがなく、結局、平成五年度(四月から)においては、右期間を除き、役員報酬の名目で二〇万円、給与手当名目で二三〇万五六五六円の支給を受けるに止まつたこと(ただ、月毎の具体的な支給額は明らかではない。)が認められ、また、後記三2の原告会社の実態を考慮すると、原告平井の役員報酬は、その八割が現実の労務提供の対価の実質をもつと認めるのが相当である。

したがつて、休業損害の基礎となる、月額の収入は、五〇万円×〇・八=四〇万円となる。

(三) 次に、休業期間について検討するに、本件事故の発生の態様、車両の破損状況(乙二の1ないし5参照、後記のとおり、被害車両の修理費用は四一万二〇〇〇円を要している。)によれは、原告平井が事故によつて受けた衝撃は、決して軽度なものとはいいがたく、これに前記一認定の原告平井の症状、診療の経過を総合すれば、休業期間としては、前記衞藤医師の意見に従い、五か月と認めるのが相当である(なお、入院中、原告平井は、外泊しているが、もっぱら仕事の打合せのためであり、右の判断を左右しない。)。

もつとも、原告平井には、前記のとおり、加齢現象による軽度の頸椎変性が認められるが、同原告の症状にどのように寄与していたかどうか証拠上明らかではないものの、事故を契機に加齢による症状が出てきたのではないかと医師から言われた旨同原告が供述しているところでもあり、この点を全く斟酌しないことは公平とはいいがたく、諸般の事情を考慮し、過失相殺の法理を類推して、休業損害に限り、一割の減額をするのが相当である。

(四) したがつて、同人の休業損害は、五〇万円×〇・八×〇・九×五月=一八〇万円となる。

5  入通院慰謝料〔同原告主張一一〇万五五〇〇万円〕

前記一認定の事実及び記録に顕れた諸般の事情を考慮して慰謝料として九〇万円を認めるのが相当である。

6  以上の合計は、三〇二万六九〇〇円となるところ、原告平井が、平成五年一二月二四日、六九万三六六〇円を受領したことは当事者間に争いがないので、これを控除すると、二三三万三二四〇円となる。

7  物損〔同原告主張二〇〇万円〕

証拠(乙一)及び弁論の全趣旨によれば、原告平井の被害車両の修理代として四一万二〇〇〇円を要し、これは既に支払済みであることが認められる。

同原告は、さらに右車両は本件事故により大破し、廃車となつた、当時の時価は二〇〇万円であつたと主張しているが、右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

もつとも、原告は、雨が降つた日は車の中に水が溜まり、天気の日にそれが蒸発して曇るので、第三者にやつたと右主張とは異なる供述をしているが、本件事故により、修理にもかかわらず、機能的障害があつたとして評価損の主張をするのならともかく、仮に原告平井の供述どうりであるとしても(甲一二参照)、特段の事情がない本件にあつて、修理代の他に当時の時価相当額を損害として請求できないことは明らかである(なお、乙一によれば、原告平井ではなく、原告会社が保有する車両ではないかと思われる。)。

8  弁護士費用〔同原告主張七〇万円〕

本件事件の難易度、審理経過、認容額その他諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては、三〇万円と認めるのが相当である。

9  以上の合計は、二六三万三二四〇円となる。

三  (原告会社の損害)

1  原告会社は、代表者である原告平井と原告会社とが経済的に一体の関係にあるところ、原告平井の負傷のため予定されていた工事の受注が受けられなかつた原告会社の逸失利益についても、本件事故との間に相当因果関係があると主張し、これに対し、被告は、経済的一体の関係にあることを含めこれを争うので、以下検討する。

2  証拠(甲七、乙四、五、証人長澤通、原告平井)及び弁論の全趣旨によれば、

(一) 原告平井は、昭和四〇年ころから、配管工事、製罐工事等の営業を開始し、昭和六〇年四月、右工事等を目的とする原告会社を設立したこと、右会社は、資本金一〇〇万円(平成八年から三〇〇万円に増資)で、出資者は、原告平井及びその妻で、二人が取締役となり、事故当時従業員が七、八名で、繁忙期には臨時で三ないし一〇名の従業員を雇い入れていたこと、当時、一五年前後のベテランの従業員も二名いたが、発注主との打合せ、立会い等の業務はもっぱら代表者である原告平井が行つていたこと、

(二) 原告会社は、昭和電工のプラントの配管工事のメンテナンスをしている清本鐵工株式会社の大分事業所の常駐協力企業六社の一つで、用水及び排水関係を扱うGプラントを担当していたこと、その他、住友化学等の企業の配管工事もしていたこと、

(三) 当時、昭和電工では、七月に計画的に工場の操業を停止して工事をする計画停止工事が予定され、五月の連休明けからその準備が行われることになつていたこと、

原告会社においては、右計画停止工事期間中、コノツクス送り配管更新、WW配管更新等の工事及び追加工事、少額メンテナンス工事(合計発注額九二五万円)の発注が予定されていたが、本件事故による原告平井の入院のため、清本鐵工は、原告平井を欠き、原告会社において他にリーダー的存在がいないから十分な安全性が確保されないとして発注を取り止めたこと、右工事においては、発注額の四〇ないし四五パーセントの粗利が見込まれていたこと、しかし、原告会社においてこの期間、通常のメンテナンス業務はしていたこと、

(四) なお、本件事故前の年度においては売上が約六八七一万円、営業利益が約一〇八万円ほどあつたのが、事故年度においては売上が約三一二一万円と半減し、営業利益も約二四万円にとどまり、税引前当期損益については約二三万円の損失を計上するに至つたこと、

が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

3  右認定2(一)の事実によれば、原告会社は、原告平井を中心とする同族会社であることは明らかであるが、従業員の数、ベテラン従業員の存在、原告平井が休業中に通常のメンテナンス業務を行つていた(2(三)のとおり)等の実態に照らせば、代表者である原告平井と原告会社とが経済的に一体の関係にあるとまで認めることには疑問があり、右関係を認めるに足りる確たる証拠はない。

したがつて、原告会社の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないというべきである。(仮に、右経済的に一体の関係があるとしても、ベテラン従業員がおりながら、原告平井に次ぐリーダー的存在を育成してこなかつた原告会社に問題がないとはいえず、このような不利益は原告会社が受忍すべきであるとも考えられ、また、前記二4のとおり原告平井に休業損害を認め、他方で、経済的に一体の関係にあるとしながら、原告会社に逸失利益の損害賠償を認めることは、少なくとも部分的には損害を二重に評価することにもなり、いずれにしろ、本件事故との相当因果関係は否定すべきである。)。

四  (結論)

結局、原告平井の請求については、二六三万三二四〇円(及び附帯の請求)の限度で理由があるが、これを越える部分及び原告会社の請求についてはいずれも棄却を免れない。

(裁判官 金光健二)

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